イタリア旅行記3日目 | moskomule log

イタリア旅行記3日目

この日はRavennaに向かった.早朝,Bologna始発の電車に揺られてしばらくすると,ちょっと柄の悪そうな高校生達が乗り込んできて,“Chinese”と煽ってきたのだが,それ以上のことはなくて,あとは音楽をかけて騒いでいるだけだったので,窓の外を眺めたり,読書をしたりして過ごした.

RavennaはEmilia-Romagna州の東の端にあって,かつては軍港のある街として西ローマ帝国の首都や,東ゴート王国の首都,ビザンツ帝国のRavenna総督府などが置かれ栄えたが,土砂の堆積によって軍港としての機能が失われていき衰退した.しかしながら,こうして重要性が喪失したことによって古代の教会がそのまま保存されることとなったのは,我々にとって実に幸運なことと言える..

Ravennaは世界遺産こそ多く抱えるものの交通の便がやや悪いために,観光客で混雑するほどではない.その為か分からないが,英語が通じにくく朝食に,と入った駅前のコーヒー店では英語が全く通じずに難儀した.居合わせた学生が“hot”と簡潔に訳してくれたので助かった.

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なお今回の旅行に当たっては1を参考としたので,以下の文中でも説明無く使用した.


Basilica di San Vitale

チケット売り場が門前町にあるのだが,分かりにくい.8時40分くらいから入り口周辺を巡っていたところ,中から係員が出てきて9時から入れること,チケットが必要なことなどを教えてくれる.しかしながら,チケット販売もきっちり9時から始まるので,本当に9時に入りたいのであれば予めチケットを押さえておく必要があるだろう.

聖VitaleはRavennaを代表する殉教者でこの聖堂は彼に捧げられたものであり,八角形の集中式プランが採用されている.

その点で,モザイクで彩られたAachen大聖堂に似ているのだが,Aachen大聖堂の方が装飾が全体に施されていることと,聖堂前部から入るため後陣まで見渡せ全てが視界に入ってくることから生じるであろう圧倒感に較べると,モザイクがアプシスのみに限られていて,(現在は)横から入ることとなるこの聖堂は入ったときの衝撃の度合いは少ない,かもしれない.

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しかしながら,それでも入り口から歩を進めて振り向いたときに現れるモザイクには息をのむものがある.かなり近くまで近づくことが出来る.

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大天使,聖Vitalis,司教Eclesiusの中央に坐すキリスト.キリストは支配者として紫色の衣服をまとって,地球儀の上に座し,右手には黙示録の7つの印で封じられた巻物を持つ.地球儀の下にあるうねうねは(楽園の)4つの河川である2

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キリスト,十二使徒と聖Vitalisの殉教した2人の息子.

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仔羊を捧げ持つ天使達.

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捧げ物,が主題として表されている.こちらはAbelとAbrahamが描かれている側.

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Justinianus帝皇妃Theodraとその随員の奉納行列.

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Mausoleum di Galla Placidia

聖堂を抜けると,Theodosius帝の娘であるGalla Placidiaの霊廟が見えてくる.もっとも,実際にはあくまでも伝Galla Placidia廟,であるようなのだがガイドブックや建築系の書物などを当たるとGalla Placidiaが葬られているとされている.古くからのモザイクが残る街でも,最も古いモザイクで飾られているという.

建物自体は以下のように十字型の倉庫のようなちっぽけなものであるのだが,内部は3でも絶賛されており今回のRavenna往きの目的の一つでもある.

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この本が書かれた1991年には「ラヴェンナの初期キリスト教建築群」は世界文化遺産に登録されていなかったので,著者は入り口を閉じて中の雰囲気を堪能したようだが,今では結構人も訪れるようなので係員にも頼みづらい.しかしそれでも,朝早くから来た甲斐があり10分程度は中に1人でいてあちこちを眺めることが出来た.その後のイタリアでの経験を省みると,ここで頼んでおけばよかったと思う.

入り口から入って振り返ると,善き羊飼いとしてのキリストの図像がある.善き羊飼いとしてのキリストはまた門番であるのでこの場に相応しい.

この故にイエス復いひ給ふ『まことに誠に汝らに告ぐ、我は羊の門なり。

すべて我より前に來りし者は、盜人なり、強盜なり、羊は之に聽かざりき。

我は門なり、おほよそ我によりて入る者は救はれ、かつ出入をなし、草を得べし。

盜人のきたるは盜み、殺し、亡さんとするの他なし。わが來るは羊に生命を得しめ、かつ豐に得しめん爲なり。

我は善き牧者なり、善き牧者は羊のために生命を捨つ。

** ヨハネ伝福音書(文語訳第10章7-11) **

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十字交差部の天井は星空である.壁の使徒達は中央の十字架を拝するようなポーズである.残り4人の使徒は福音書記者達で,星空の中にマルコ(獅子),マタイ(人),ルカ(牡牛),ヨハネ(鷲)として表されている,と思っていたのだが実は唐草模様の中に隠れているものがそうらしい.

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奥には棺がある.棺の上にいるのは聖Laurentius(聖Lorenzo)で,鉄格子の上で火あぶりになって殉教したという.彼はFirenzeでもよく見られる.

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Battistero Naoniano

正教徒洗礼堂の円蓋.

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クジャクの図像はあちこちに使われている.

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Basilica di San Francesco

水中に見られるモザイク,金魚が泳いでいる.

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Dante廟

神曲のDanteは祖国Firenzeを追われ,この地で客死し,今でもこの地に葬られている.何度かFirenzeが返還を求めては断られているらしく,今でも仕方なくランプの油だけを送り続けているとか.

Danteはイタリアでは大人気で子ども向けの本も充実しているようであった.Dante廟にもわざわざ訪ねてくる親子連れが見られて,意外であった.日曜に子どもを連れて教会に行くような,カトリックのそれなりに熱心な信者も多いようなので道徳教育用にもよいのかもしれない.

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Basilica di Sant’Apollinare Nuovo

古くからのBasilisca様式がよく残っていて,側面のモザイクも美しい.本来はTheoderic大王の宮殿に隣接して建てられていてArius派のものであったのだがビザンツ帝国統治下に改められた.

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側面のモザイクは3段構造になっていて,上から,キリスト伝,使徒,城からキリスト,聖母に向かう殉教者達の行列である.

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軍港のあるClasseの城も描かれている.

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Basilica di Sant’Apollinare in Classe

バスでRavennaから15分程度で,Classeに辿り着き,草原の中に教会が見える.もともとSant’Apollinareが葬られたこの地に6世紀前半につくられた.

かつては軍港として栄えていたのだが,Ravennaにまして寂れてしまった.そこでこの地からSant’Apollinareの聖遺物をRavenna市内にあるBasilica di Sant’Apollinare Nuovoに移動させたのが,先の「新Sant’Apollinare聖堂」ということらしい.この聖人は分からないが,人気のある聖人の聖遺物を巡っては奪い合いが絶えなかったらしいので,当然のことだったのかもしれない.

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「動物さん集まれ〜」という図像で大変面白い.

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動物が可愛い.

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実は途中,大司教館礼拝堂(Cappella Arcivescovile o di Sant’Andrea)に立ち寄った.ここは美術館に併設していて,礼拝堂内はモザイクで彩られている.ここは全体で撮影が厳禁で“NO PHOTO”と入り口でしつこく言われる.

Classeから帰ってきて1時頃,月曜日で美術館など見られなかった施設があったことを考慮しても,じっくり見て回ってもそんなに時間をとらない街であることが分かるだろう.

ここでFerraraに向かった.Ferraraは旧市街と駅とが離れていて,駅からしばらくは退屈な風景が続くが突如濠に囲まれた城(Castello Estense)が現れる.この地を支配したEste家の居城として14世紀に建てられたが,2012年のイタリア北部地震で被害を受けたようで,内部の壁画を修復していた.

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SavonarolaはFerraraの人で,虚飾の焼却などで悪名高いが,宗教改革の先駆としても評価されているという.

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Ferrara大聖堂も工事中であった.だが町並みは情緒がある.

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Ferraraの世界遺産を巡りたかったのであったがここで終了した.


脚注

Aachen大聖堂の例.

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