イラン旅行記9日目 | moskomule log

イラン旅行記9日目

Tabriz

Tabrizの様子.商業都市だ.

Tabrizに着くのが遅くなるのは分かっていたので,“Lonly Planet”にあったDarya GuesthouseにShirazから電話をかけておいた.主は人の良さそうな翁で,「久しぶりに日本人を見かけた」と宣っていた1.この本には1泊8$程度であると書かれているのだが,実際にはその数倍で,逡巡していると「息子が近くで同じようにHostelをしているから,そっちに行くとよい.」との教え.かくして息子の経営するAmin Guesthouseに行くことになった.行く,とはいうものの20m程度で,この距離ならば共同経営の方がいいのではないか,と思った.

最も安い部屋でもダブルベッドの個室で,ピンク色の賑やかな部屋.

午前中は地図にあるアルメニア正教会を求めて歩き回っていたのだが,非公開なのか教会は見えど入れず,時間を潰してしまった.この間すれ違ったイラン人はぶっきらぼうな感じであったので,北の方は人の心も冷たいのか,と思っていた.

Bazaar

ところがお昼頃になると,いつものイラン人達が現れてきて,Bazaarでは今までになく歓待されて各所で茶をご馳走された.特にカーペット商の人は流石に英語が巧みで,「英語が上手だ,本当に日本人か」と言われた.

TabrizのBazaarはSilk Roadの時代から連綿と続く世界最大のbazaarで,5500の店舗があると教えてくれた.彼は遊牧民から布製品を買って,それも売っている.折角なのでペルシャ絨毯の見方を教えて貰うと,糸がつまっている羊毛のもので,ややくすんだ色の天然染料を使った製品を買うように,数十年から百年使える財産になる,と言われた.イラン人は化繊の人造染料の発色がよいものを好むので,よいものは欧米に流出しているのだという.

bazaarのみならず,道端でも果物の中が見えるようにして売られている.

bazaarは古いが建物自体は地震で壊れているので新しいらしい.

イランに行く際に重要なのは「アラビア数字」を読めるようにしておくことで,アラビア数字は算用数字とは違う,という訳の分からない状態である.

デーツの上に置かれた値札,2500.

virtually Italy

Blue Mosque

15世紀に造られた巨大なmosqueで,装飾を終えるのに20年以上かかったそうなのだが18世紀に地震によって壊れてしまい,再建が終わったのは1950年代だという.しかし,かつての装飾は僅かに残るのみ.

Blue mosque外観,大きい.

かつては青い装飾が全面を覆って他のだろう.


外務省からTabriz近郊で洪水があったので十分注意するように,という連絡があった.Tabriz市内の川も濁っており,本来は山の方に行きたかったのだが,そのために諦めることとした.

上流で洪水があったという


  1. Tabrizはイランからトルコ,アゼルバイジャン,アルメニアなどに行く際の拠点となるので,かつてbackpacker華々し頃に日本人が多く訪れていたのかもしれない. [return]
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