イラン旅行記0日目 | moskomule log

イラン旅行記0日目

ペルシャとイスラームに憧れて,イランに2週間ほど旅行した.いわゆる「発展途上国」に行くのははじめてだったが,インフラも発達しており,人々も親切であり難儀するのは言葉くらいであった.

イランと私

特に元来イランやイスラームに思い入れが深かった訳ではない.却って,悪の枢軸のような,避けるべきものであるという印象を抱いていたのは確かである.世界史の教科書などでも「世界の半分」などの記述の後はほとんど現れないで,70年代に石油マネーで近代化しようとしたところイスラーム革命で振り出しに戻ってしまった,そのような書き方であったのではないだろうか.

ところが,井筒俊彦先生の本に親しみ,モロッコなどに旅行した友人の影響を受けるにつれてイスラーム圏を旅行せねば,という気分になった.また,六本木で迷子のイラン人を案内した際に,「イランに来るなら4月がよい.水が多くて花が綺麗だ.」という話をしてくれて,興味を抱いた.このイラン人は広尾にあるイラン大使館に行きたかったようであるが,どうしても歩きたくて迷う,という不思議な方であった.

更に,平凡社ライブラリのRubaiyat1と出逢って,そのコラムに出てくるイラン人の文化にも心が躍った.イラン人は詩人を尊敬しているので,日本に出稼ぎに来たイラン人労働者たちは俳人や詩人の墓に行った,などなど.

今回ちょうど4月に休暇が生じたので訪問した次第である.

行き方

2017年4月現在,日本とイランとの間に直行便は無い.例のごとく,突然に思いついたため,あまり安くは無かったのだがEmirates航空を使ってDubai経由でTehranに向かった.Dubai・羽田便は利用者が少ないのか,ターミナルに直接降機するわけではなく,やや離れた滑走路付近に到着してそこから15分ほどバスでターミナルに向かう.

Dubai空港は広くて豪華で,高価な商品が沢山並んでいる.ハブ空港であることもあって,日本では見かけないような「石油王」然とした人が多く,Starbucksを初めとする各ブランドがアラビア語表記されていて,最初は歩くだけで楽しかった.しかしながら快適さはベンチを初めとする備品も含め,羽田・成田両空港などには遠く及ばないので,疲れてくると悲惨である.

Tehranまで

今回は乗り換え時間が90分ほどだったのだが.飛行機が遅れたことと,上述のターミナル非直結に由来する移動時間によって乗り換えに失敗してしまい次の便に乗ることとなった.

Dubai・Tehran便にはイラン人らしき人も沢山いるのだが,Hijabを被っている女性はほとんどいないし,隣の若者もお酒を飲んでいて,一瞬混乱してしまった.が彼らにとっては海外に行くというのはそのような息抜きでもあるのだ.降機直前になると皆Hijabを被りだした.

ビザ

2017年4月時点では,イランに入国する際にはビザが必要である.駐在大使館で発行して貰うこともできるし,アライバルビザを取得することもできる.今回は後者を選択した.

官僚組織はどこの世界でも縦割りになるので,遠くイランにおいてもビザ発行に際してたらい回しが行われる.まず写真のビザ発行所に行き書類を貰って,名前やイラン国内での関係者の連絡先などを書き込む.イラン国内の知り合いはいなかったので,泊まろうと考えていたホテルの連絡先を書いた.続いて,保険に加入するために向かいの保険窓口に行き15€を支払う.アジア地域対象の保険に加入していったので,不要であると言ったのだがイラン国内の保険でないといけない,などと告げられた.そうして次はビザ窓口の隣の銀行に60€を支払いビザ発行書類を出して貰う.書類を持ってビザ発行所に戻ると係員が受け取って,ベンチでしばらく待機.出国ゲート内なので,本を読むくらいしかすることがない.

一緒にいたスペイン人3人組と,時間がかかるね,などと話すこと30分ほどだろうか,ようやく呼ばれて出国することができた.今回は全体で7人くらいしかいなかったのでこの程度の待ち時間だったが,時間帯によってはなかなか大変かもしれない.

ビザ発行所の様子

Tehran市内へ

スペイン人3人組と割り勘してTehran市内に向かうことになった.25€でホテルまで送るという白タクの運転手に着いていったのだが,道が混雑しておりなかなか着かない.1台のバイクに一家4,5人が乗っていて,賑やかだと思っていると俄に車を止めて,周りの人に道を聞き出す運転手.空港では自信満々だったのに,道も知らないのに白タクの営業をしていたのである.英語が殆ど通じないので,そもそも目的地に向かっているのかすら分からぬまま,更に道を聞くこと数度,混雑した道をバックで進むこと数度,ようやくホステルに着いたときには疲れ果てていた.

ホステルの人は同年代の若者で,英語が達者であった.近所の店で,これから何度も食べることとなるケバブを食べた.

Tehranの人口は東京の人口とほぼ同じなんだよ,というネタを用意していたのだが,思ったより受けなかった.有名なのかもしれない.

ケバブ.焼き鳥が埋まっている.

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